『すいかを……たべると……ちょっと……しあわせに……なれる……かも』
出掛ける前に聞いたユリの占いを思い出し、健一は思わず苦笑した。
「もう冬だってのに、西瓜もないよなぁ」
彼は商店街を歩きながら夕飯の材料を探していた。そう言いつつ、チラリチラリと西瓜を探してしまう辺りは、哀しい人の性というものだろうか。
すでにぶら下げたビニール袋には、人参、玉ねぎ、ジャガイモなどの根菜の他、ブロッコリーやウィンナーが詰め込まれている。シチューを作るつもりで買ったもので、後は付け合せを考えるだけだった。ちなみにホワイトソース関係は、家にあるもので事足りている。彼は牛乳とアルコール関係にはうるさいからだ。
(さて、付け合せは何にするかね)
惣菜屋のメニューを眺め、健一はしばしの時間、思考を巡らした。そしていいものを見つけたのか、彼はそのまま踵を返す。
「ネタが決まれば、自分で作ったほうが安上がりだからな」
――値が張る出来合いの惣菜を買うという選択肢など、料理の出来る彼にはなかった。
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コトン
シチューがよそられた皿を二つ並べる。一つは健一の白い皿。もう一つは同居している少女、らくのクリーム色の皿である。
「らく、夕飯が出来たぞー」
「……はぁい♪」
テレビでも見ていたのだろう。微かに聞こえていた笑い声が消え、代わりにスリッパのパタパタという音が近付いてきた。
「おなか空いたの~」
「ああ、今日はシチューだ。沢山お代わりあるから遠慮しないでいいぞ」
「んっ」
よほど空腹だったのか、すでに座って一口目のスプーンを咥えながら、彼女は嬉しそうに頷いた。
「……『いただきます』くらい言えよ? 行儀悪いぞ」
「あっ、……えへへ。健一お兄ちゃん、いただきます」
「おう」
言うだけ言って、すぐに食事を再開する彼女に苦笑しながら、健一は肴を取り出した。一杯の晩酌は彼の楽しみの一つである。
その肴を見て、向かいに座っているらくが興味を示した。
「健一お兄ちゃん、それって何なの?」
「ん、これか? 漬けたスルメイカだけど食ってみるか?」
「うんっ」
新しい食べ物に目を輝かせ、らくは、彼の小皿に盛ってあったそれを二欠片、口に含んだ。
「……かひゃい」
「そりゃ、スルメだしな」
「でもおいひい」
「そうか」
シチューと同時進行で消えていくスルメ漬けを、彼自身もつまむ。
(らくも意外と、渋いものが好きだな。こんな、スルメを酢と日本酒に漬けたものが……って、あ、マズイ)
そこまで考えたところで、健一は重大なことを思い出した。
(そう言えばこいつ、正月に甘酒一口で泥酔してなかったか?)
「なあ、らく」
恐る恐る、彼は声を掛けた。らくの視線の前に指を三本立てる。
「なぁに、おにーちゃん」
「これ、何本だ?」
「四本なの」
薄ら笑いを浮かべながら、彼女は自信たっぷりに答えた。しかし、その目はすでに据わっている。
(いかん。気付くのが遅かった)
「けにーちおにーちゃん」
「ん?」
こめかみに指を当てた健一に、らくがシチューの皿を差し出した。
「おかーり」
「……おう。――あ、待て立つな」
自分で鍋の所に行こうとしたのか、皿を持ったままらくが立ち上がった。本能的に危険を悟った健一の制止も届かず、案の定、一歩目で彼女は体ごと傾いた。咄嗟に健一が腕を差し出したが、中腰の無理な姿勢で支えきれるはずもなく、らくに引っ張られる形で床に倒れ込んだ。
ドタン
「痛っ!」
強引に彼女を抱え込むことで、辛うじて彼女の頭部強打は免れたが、代わりに健一は、下敷きになる形で強かに背中を打った。それなりに痛かったが、何とか押さえてらくの顔を覗く。
「らく、大丈夫か?」
「ん~♪」
そんな健一の気も知らず、らくは数秒前のことなどなかったかのように、彼の胸に顔を擦り付けていた。
スリスリ……
「ん~、けにーちおにーちゃん」
「……何だ?」
「おにーぃちゃんっ」
(……酔っ払いめ)
この状態に有効な打開策も見つからず、彼は小さく溜息をついた。と、同時に、頭にあることが浮かんだ。
(まさか『すいか』って、『酢イカ』じゃないだろうな)
これを『ちょっと幸せ』だと言おうとすれば言えないこともない。自分を慕ってくれる心優しい少女を、自らの胸の内に抱けるのなら。
サワサワ
「~♪」
そっと、彼女の髪を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるらくを見ながら、彼は優しく微笑んだ。
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*あとがき*
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「健一お兄ちゃん」は架空の人物であり、実在する同名の方の私生活、対人関係、言動、運命とは、一切の関係がございません。ご了承ください。
……これで大丈夫ですかね。うん、きっと大丈夫だ。
さりげなく自分の名前に置き換えて、RAILさんシェルだとさらに萌えられるかも知れません。
和泉は姓、名は上総。そんな人物がお送りしました。
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まさか、SSまで書いて貰えるなんて…!
ありがとう!!